映画レビュー ソロモンの偽証 後篇

お待たせしました、メンマです。

いまさらですが、映画レビューしてます。

映画レビューし始めて難しいなあって思うことは、どこまで批判していいか、どこまで褒めていいのかわからないということです。

というのも、私が、”ここはこうしたほうがいい”と上から目線で言ったとして、経験も知識も浅い私に批判する権利や価値があるのかと思うわけです。

「本当は監督はこういう意図があって…」なんて言われるかもしれないと考えると、迂闊に批判できないし、

私が作品を絶賛したとして、「監督はそこまで考えてないよ」なんて言われたら勝手に盛り上がった深読み厨みたいで、恥ずかしいし。

そんなこと考えていたら「迂闊にレビューしたくないなあ…」なんて思いはじめて…笑

それでも、私がレビューをする上で大事に思っていることは「思ったままのことを書く」ことです。(もちろん、誹謗中傷にはならない程度にですが。)

無理に通ぶったりせず、あるいは正しいとか間違っているとか考えずに思ったことを書く。あくまでも主観です。

客観的にも考えたりもしますが、それも私の頭を介したものなので私の主観です。

そうやって開きなおることで、レビューを書くことにしました。

もしかすると、「それは違うぞ💢」なんてお叱りを受けるかもしれません。

まあ、でもそれはそれでその人の考え方がわかるのでいいのかもしれませんね。ぜひディスカッションできたらと思います。

twitterでもブログのコメントでもなるべく返信したいと思うのでよろしくお願いします!

ソロモンの偽証

それでは、前置きが長くなりましたが、ソロモンの偽証の後篇のレビューをしていきます。

前編では、ソロモンの偽証というタイトルに着目しつつソロモンという旧約聖書の中での人物に考えを巡らせながら映画をみていきました。

その時は、ソロモンの偽証というタイトルとソロモンの逸話が結びつきませんでしたが、今回の後篇ではその繋がりが見えてくるのか、そこに着目しながらみていきました。

ソロモンの偽証・後篇は、事件の解決として死んだ柏木君の死の真相が明らかになっていきます。

前篇では想像を膨らませる部分が多く、先を見るのがとても楽しみでした。

しかし、結論から言うと今回はその膨らんだ期待が一気にしぼんだというか、うーん。

もうちょっとショッキングな結末を想像していただけに、なんとも言えない終わり方になりました。

ネタバレになるので詳しくは言いませんが、僕としては膨らみすぎた期待のばかりに、しぼんだ結末が残念でした。

しぼんだというよりかは、もしかすると内容のテーマが色付けられたのが嫌だったのかもしれません。

前半が惹きつけられて、どこか不気味なミステリーでした。でもそれは、謎があるゆえの好奇心です。

謎があるからこそ惹かれる。これってホラー映画でも恋愛映画でもなんでもよくある話ですよね。

その謎が明らかになるにつれて、その魅力が失われていくのがこの映画では顕著に感じました。

そして最後に残ったのは、自殺やいじめに対する初等教育のような内容。

守ってあげればよかったみたいな、いじめはよくないみたいな。そんな小学校でおそわることを壮大な時間をかけて復習したような気がしました。

まあ、もちろん、それが悪いわけではないのですが、前半が前半だけに壮大な時間をかけて感動的な音楽を流されても心に響くよりさきに驚きて、置いてけぼりにされたそんな感じです。

ネタバレしすぎたかな…?

柏木くんをメンヘラで片付ける危険。

ソロモンの偽証と調べると、検索候補に「メンヘラ」があがってきます笑

まあ、この映画をみた人はみんなそう思ったのかもしれません。それは、最初に死んだ柏木君がちょっとメンヘラ気質だったからですね。

死にたい。屋上に来なければ死ぬぞ。そんなことを言う柏木君は確かにメンヘラかもしれません。

ただ、中学生という多感な年齢。柏木君には柏木君なりの正義感があったのでしょう。そして多感な彼は自分の正義感と反するものから目を背けることができなかったのでしょう。柏木君を演じる望月歩さんのつぶらでまっすぐな瞳が柏木君のそんな純粋無垢な性格を表しているのかもしれません。

だから、レビューなどで「ソロモンの偽証 柏木 クズ」「ソロモンの偽証 柏木 うざい」などを見ると、やはり悲しくなってしまいます。

そんな風な言葉で”一人の人間”、それから”一つの映画”をを片付けること自体、柏木君が一番敏感に嫌うことなのではないでしょうか。

人生に悲観的な彼を生きるように説得するために、もし私ならどうすればいいのだろうか。どんな言葉をかけてあげられたのだろう。

そんなことを考えながら、映画をみていました。

たしかに、柏木君の言動にもよくない部分もありました。しかし、それだけで彼を罰して(批判して)はいけないのです。

彼の中学生なりの不十分で未発達な感受性を考えてこそ、裁判ができるのではないか、そんな風に私は思いました。

タイトルについて

考えれば考えるほどわからなくなるのは、タイトルの意味です。

ソロモンの審判という歴史上の逸話では、二人の女が産んだ子供のうち一人が死に、そして残った一人の赤ん坊を巡り母親が裁判をする。

そして、赤ちゃんを八つ裂きにしようとしたときに、止めようと出てきた母親を本当の母親だと認めた話です。

これを映画に照らし合わせると、裁判を争っているのは、柏木くんを殺したと告発された不良少年の大出俊次を守る弁護人役神原和彦と、その偽りを暴く検事役藤野涼子ですね。

そして、ソロモンの審判のように最後に飛び出してきたのは神原和彦です。

これはものすごいネタバレですが、神原和彦は最後に自分を裁いてくれと判事に言います。

しかし、判事はそれで裁くことはできないと無罪を伝えます。

この様子は、ソロモンの審判でいう赤ん坊の実の母に重なるものがあります。

まあ、これでタイトルは十分回収したわけですが、だからこれが何を表しているかとかんがえるとよくわからないですね。

状況が重なる部分があるだけで特にそこにメッセージはないのかもしれません。(まあ、そもそもメッセージがある必要はないですからね。)

宮部みゆきさんのインタビューの記事をみてみました。

宮部みゆき『ソロモンの偽証』|特設サイト|新潮社

宮部みゆき『ソロモンの偽証』――現代ミステリーの金字塔、待望の文庫化! 全六冊、三ヶ月連続刊行。その法廷は14歳の死で始…

敢えて説明してしまうなら、そうですね、最も知恵あるものが嘘をついている。最も権力を持つものが嘘をついている。この場合は学校組織とか、社会がと言ってもいいかもしれません。あるいは、最も正しいことをしようとするものが嘘をついている、ということでしょう。

宮部みゆき「ソロモンの偽証」刊行開始記念インタビュー https://www.shinchosha.co.jp/solomon/interview.html

なんと、大胆にもタイトルのつけた経緯のようなものを説明してくださってます。とても抽象的な内容ですね。

権力のあるもの嘘(偽証)をついている。あるいは、最も正しいことをしようとするものが嘘をついている。

この映画に当てはまるものがいくつもありますね。どれが答えというわけではなく、それが社会なんだとうような大きなテーマなのでしょう。

そして私がこのインタビュー記事で一番、影響を受けたのは次の部分です。

私の場合、いつもアイデアと一緒にタイトルが出てくる。これが同時に出てこない作品って、大抵ポシャるんです。

宮部みゆき「ソロモンの偽証」刊行開始記念インタビュー https://www.shinchosha.co.jp/solomon/interview.html

宮部みゆきさんはアイデアとともにタイトルがでてくる。

ということは、タイトルのなかにトリックやどんでん返し、あるいは、メッセージが込められているということでしょう。

ソロモンの偽証というタイトルにもおそらく宮部さんの思いが込められているのはないでしょうか。

最初に述べたように、レビューや感想はあくまで主観。作者と違っていてもいいと思うんです。

みなさまも、それぞれタイトルと内容の関係を考えてみてはどうでしょうか?

今回レビューしたのは映画ですが、ぜひ小説も読んでみてください。

それでは今回のレビューは以上です。ありがとうございました!

 

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